「150センチの世界」

電車の吊り革は、パン食い競争に似ている。
ぶら下がったリングに、手を伸ばす。届かないわけではない。ただ少しだけ、こちらが合わせにいく。背の高い人間は、やがて諦めて上のパイプを直接握る。すると手が臭くなる。これは経験則だ。
だからといって腕を折り曲げて吊り革を握っていると、今度はそのリングがイルカのジャンプ台に見えてくる。黄色いリングを、架空のイルカが颯爽とくぐり抜けていく。電車の中は、暇さえあれば小さな水族館になる。
調べてみると、吊り革の高さは床から約150〜155センチに設定されているらしい。より多くの人が使えるように、という配慮だ。合理的な判断だと思う。そしておそらく、パイプを直接握らせないための知恵でもあったのかもしれない。
ふと、建物の中に目を向けると、スイッチやコンセントの高さも同じ論理で決まっている。照明スイッチは床から120センチ前後、コンセントは25〜30センチ。これもまた「多くの人が使いやすい高さ」として標準化されてきた数字だ。
つまり私たちの日常は、ある想定された人間に合わせて設計されている。全員に完璧に合わせることはできないから、最大公約数を取る。その結果、少数派はいつも少しだけ、こちらが合わせにいく。
電気工事の仕事をしていると、この「標準」がいかに無自覚に刷り込まれているかに気づく。スイッチはここ、コンセントはここ、と何も考えずに決めていないか。その高さは誰の手に合わせた数字なのか。
考えすぎかもしれない。でも妄想するには、電車はちょうどいい場所だ。
パンは、全員に同じ高さでぶら下がっている。

