今の繁栄
今の繁栄は、
先人方の汗と創造によって
つくられている。
それは、
歴史の教科書に残る話ではない。
数字にも、評価表にも、載らない。
名も呼ばれず、
語られもしない場所で、
誰かが手を動かし、
身体を使い、
その日を終わらせてきた。
その積み重ねの上に、
今の生活がある。
今の便利さがある。
今の安全がある。
だから、
私たちは軽く判断してはいけない。
楽な側に立つために、
構造を歪めてはいけない。
先人の汗の上に立つなら、
次に渡す現場は、
少しでもまともでなければならない。
それが、
今を生きる私達の
最低限の責任だと
私は思っています。
人と歯車
人は、
歯車ではない。
入れ替えれば同じように回る、
そんな存在ではない。
判断があり、
癖があり、
背負っているものが違う。
だから、
一人が抜けただけで止まる現場が生まれる。
それは人が弱いからではない。
人を歯車として扱ってきた過去。
管理の役割は、
人を均すことではない。
人の違いが前線で破綻しないように、
役割と判断を組み直すことだ。
人を歯車に見立てた瞬間、
現場は静かに壊れ始める。
私は、
それを当たり前にしない。
外国人労働者
最近の現場では、
外国人が増えた、
という話より先に、
日本人が少なくなった
という現実があります。
これは、
国籍の問題ではありません。
誰が悪いか、
という話でもありません。
前線が、
納得できる場所で
なくなっていった。
説明のない判断。
曖昧な責任。
無理が前線に溜まる構造。
そこから人が離れ、
空いた場所に、
別の誰かが立っている。
人は、
報われない場所には
長く居続けられない。
だから私は、
外国人が働いている現場を
否定しない。
同時に、
日本人が居なくなった理由を
見ないままにもしない。
そして、
外国人の直向きさに
感謝している。
国籍を入れ替えても、
構造を変えなければ、
同じことが繰り返される。
現場に残るべきなのは、
人の種類ではない。
納得できる仕事の形だ。
満たされるということ
腹一杯食べたら、
幸せか。
満腹になった途端、
人は眠くなる。
ハングリー精神を、
簡単に忘れる。
それは、
弱さではない。
人間の特性だ。
だからこそ、
腹を満たすことだけを
目的にしてはいけない。
満腹は、
一時的な安定をくれる。
同時に、
考える力と、
踏み出す力を
鈍らせる。
仕事も、
同じだと思っている。
条件だけが整い、
問いが失われた現場は、
静かに止まっていく。
私は、
人を空腹にしたいわけではない。
ただ、
考える余白まで
満たしてしまう仕事を
良しとは思わない。
納得と緊張感。
安心と責任。
その両方がある場所でなければ、
人は長く、前線に立てない。
プライドは人を変えるエネルギー
人もマシンもプライドを持てば比類なきものになる。
組織の代表として、個々が自分自身のプライドに気づいてもらい、崇高なものに昇華してもらう努力は必要だとおもう。
そして人は皆、自分の本当の価値を理解してゆく。
それこそが成長であると思う。
比類なきものとは何かと比べる事ではない。
あなたは唯一のあなたなのですから。
ロックに生きる
「ロックな生き方」とは、
型にはまらず、反骨精神を持ち、
自分のやりたいことに正直に、
自由でエネルギッシュに生きる姿勢を指す。
それは、情熱を持って自分らしく生きることだ。
そして、その内面から吹き出すものを、
歌や楽器で表現したものが、
俺はロックミュージックだと思う。
Rock’n’Roll is not dead!
一枚の葉書
今日、国庫から一枚のハガキが届いた。
いつもなら経理の机の上に重ねておく。
だが今日は、なぜか妙に中身が気になった。
裏面に貼られたプライバシーシールを、
指先でそっと剥がす。
中に書かれていたのは、
少額ではあるが、数週間前に完了した公共工事の工事代金が口座に入金されたという通知だった。
私はそれを、入札を担当してくれた男に見せた。
男は、少しだけ微笑んだが特に言葉は特に交わさなかった。
それでも、不思議なほど、胸が静かに熱くなった。
これまで、何千万円という仕事をいくつもやってきた。
数字だけを見れば、そちらの方が遥かに大きい。
だが、この熱さを感じたことは一度もなかった。
この一枚のハガキには、
それらとはまったく違う重さと、感謝と確かな感度があった。
ああ、そうか。
これが「人の役に立つ」ということなんだ。
誰かの顔色でもなく、
誰かの私益でもなく、
不特定多数の人達のためになる仕事。
その対価が、
国庫から、正当に、淡々と支払われた。
派手さはない。
だが、嘘がない。
私は思った。
これは、胸を張っていい。
そして、またいつか、御先祖さまにも報告したいと思った。
「下を向かずに、世のためになる仕事を、
自分の主語でやりました」と。
