ホッチキスの位置にも、意図がある

以前、部下が書類の右上にホッチキスを打っているのを見て、違和感を覚えたことがある。

細かいことを言っているように見えるかもしれない。
ホッチキスの位置くらい、どこでもいい。
そう思う人もいるだろう。

しかし、私はそうは思わなかった。

なぜ右上なのか。
その書類は右綴じなのか。
縦書きなのか。
読む人は、どちらからめくるのか。

そこに意図があるなら、一つの判断だ。
だが、何も考えずに留めているなら、それは少し違う。

書類は、自分が作って終わりではない。

読む人がいる。
確認する人がいる。
ファイルする人がいる。
現場に持っていく人がいる。
後から見返す人がいる。

その人たちの手元を想像できるかどうか。
私は、そこを見ていたのだと思う。

そして今日、また右上にホッチキスを打たれた書類に遭遇した。

横書きの書類であれば、一般的には左上に留める方が自然だ。
左から右へ読み、左側を軸にめくる。
書類の流れと、手の動きが合いやすい。

一方で、右上に留めるなら、右綴じの意図があるのかもしれない。

つまり、ホッチキスの位置にも本来は意味がある。

大事なのは、左上か右上かではない。
そこに意図があるかどうかだ。

仕事には、こういう小さな違和感がいくつもある。

書類の並び順。
ファイル名の付け方。
写真の撮り方。
メールの件名。
図面の向き。
そして、ホッチキスの位置。

一つひとつは小さい。
しかし、小さいことにこそ仕事の癖が出る。

ただし、今回ひとつ反省もあった。

その現場には、外国人の管理者がいた。
もしかすると、その人が綴じたのかもしれない。
あるいは、別の誰かが綴じたのかもしれない。

私は、その理由を聞かぬまま帰ってきてしまった。

違和感を持つことは大切だ。
だが、違和感だけで断定してはいけない。

そこに現場のやり方があったのか。
文化的な感覚の違いがあったのか。
本人なりの意図があったのか。

それは、聞かなければ分からない。

仕事で大切なのは、細部に気づくこと。
そして、その細部にある意図を確かめることだ。

右上が悪いのではない。
左上が絶対に正しいのでもない。

問うべきは、ただ一つ。

なぜ、そこに留めたのか。

次に同じ場面に出会ったら、私は必ず確認しようと思う。

神は細部に宿る、という言葉がある。
私は、それに少し言葉を足したい。

意味がある事は美しい。

ホッチキスの位置ひとつでも、そこに理由があるなら美しい。
相手の手元を想像し、次に触る人のことを考え、後工程に負担を残さないための判断なら、それは小さくても立派な仕事だ。

神は細部に宿る。
意味がある事は、美しい。

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